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湯布院と由布院

「ゆふいん」は正式には、大分県由布市湯布院町にあたります。「ゆふいん」は、「湯布院」と書くこともあれば、「由布院」と書いたりすることもあります。いったいどうしてこのように書かれるようになったのでしょうか。湯布院は今から約1300年ほど前に書かれた豊後風土記の中で「柚富郷(ゆふごう)」として記されています。平安時代には、この柚富郷に稲などを収蔵する倉がおかれたことから、それ以来「ゆふの倉」、「ゆふの院」、あるいは「ゆふ院」などと呼ばれるようになったといわれています。このころに書かれた書物には「由布郷」という記述があることからも、これが「由布院」という地名の起源であろうといわれています。明治以降には、このあたりは北由布村、南由布村、湯平村の3つの村に分けられます。そして、昭和11年には北由布村、南由布村が合併したことで由布院村と呼ばれるようになり、やがて昭和23年には由布院町となりました。その後、昭和30年に由布院町と湯平村が合併したことがきっかけで、それぞれの漢字をとって「湯布院町」となったそうです。挟間町、庄内町との合併によって由布市が生まれたのは平成17年のことで、このときから由布市湯布院町となりました。このようにして歴史を見ていくと、なかなか興味深いものがあります。